京座布団のご紹介
今日、畳の上で心地よく正座するための伝統的な座布団は、日本の家庭に息づく、どこか懐かしい存在です。家族や友人が集う場の中心にあり、食事の時間にも、遊びの時間にも、そして何より、くつろぎのひとときに欠かせない存在でした。
しかし、この家庭的なイメージの裏には、かつて権威の象徴であったという歴史が隠れています。座布団は、その部屋で最も重要な人物を示すために用いられることも多くありました。座布団の歴史を伝える記録はそれほど多くありませんが、藁(わら)でつくられた茵(しとね)という敷物がその起源と考えられています。茵はかつて、宮中の人々や高僧など、高い身分の者だけが使うことを許された品でした。
やがて綿花の栽培が盛んになると、庶民の手にも届くようになります。綿を詰めた座布団——今私たちが知る座布団は瞬く間に広まり、日本の家庭を象徴する存在としての地位を確立しました。しかし、経済的で手入れも少なくて済む洋式の床が広まるにつれ、座布団が家庭の中で占める存在感は、少しずつ薄れていきました。
京都で代々座布団をつくり続けてきた家族経営の髙岡屋。権威の象徴から、日々の暮らしに寄り添う存在へ——高岡屋の京座布団は、先人たちが培ってきた精緻な形とつくりを通して、その歴史を今に受け継いでいます。
手裁断した綿生地に、長く快適に使えるよう丁寧に綿を詰め、座布団の中央にはY字型の刺繍と房を施して留めています。この刺繍は、中の綿を均一に保つだけでなく、座布団に「表」と「裏」を生み出す役割も担っています。これは、かつて高位の人物を迎える席で用いられていた名残でもあります。


髙岡屋と「寛具」の使命
「髙岡屋は、祖父が1919年にここで布団を作り始めたのがきっかけです。それが始まりで、それ以来100年以上にわたり、この場所で座布団と布団を作り続けています。」
1919年、京都に創業した髙岡屋。この地に息づく歴史豊かな織物産業から学びながら、同時にその発展に貢献することを誇りとしてきました。創業当初は、伝統的な製法による布団づくりからその歩みを始めています。その出自があったからこそ、布団と深いつながりを持つ座布団の手づくりにおいても、一世紀にわたって積み重ねられてきた技と、丁寧なものづくりの姿勢が今に活かされています。
髙岡屋が大切にしているのは、確かな職人技と、心地よさ、そのどちらも等しく尊ぶという姿勢です。創業100周年という節目を迎えるにあたり、彼らはそれを讃える言葉として「寛具(かんぐ)」という言葉を生み出しました。「くつろぐ」と「道具」を組み合わせたこの言葉には、髙岡屋のものづくりの本質、そして心地よさを生み出し続けるという使命への思いが込められています。

形と機能を追求するということ
理想的で、ミニマルな京座布団を実現するには、卓越した技が求められます。日本のものづくりを象徴するように、髙岡屋は自らの手仕事に厳格な基準を課し、長年にわたる日々の使用に耐えうる、心地よさを追求しています。
その心地よさは、座布団のなだらかな曲線から生まれます。京座布団は、底面が平らで、上面がドーム状にふくらんだ形をしており、かまぼこを思わせる形状と言われています。生地は、それぞれの織り目や糸の密度に合わせて手裁断され、その後、裁断されたパーツを一つひとつ丁寧に縫い合わせていきます。わずか数ミリのズレが、仕上がり全体の安定感を損なってしまうこともあるほど、繊細な工程です。日本の伝統的な手縫い技法である「くけ縫い」を駆使することで、縫い目の見えない、完璧な仕上がりが生まれます。
続いて、綿を手で丁寧に形づくり、折りたたみながらカバーの中へと詰めていきます。この工程は、座布団づくりにおいて特に重要な局面です。綿の詰め方にムラや不足があれば、座り心地や耐久性にも影響してしまいます。
すべてを手作業で行うことで、髙岡屋の職人たちは、使用する天然素材ひとつひとつの個性に、繊細に応えることができます。だからこそ、機械生産では決して生み出せない、均一な座り心地が実現するのです。

日本のデザインの象徴を守る
ここ数十年、日本の住まいで畳が少しずつ姿を消していくのと時を同じくして、座布団を日常的に使う機会もまた、減りつつあります。座布団の上に正座し、家族や友人と囲む——そんな伝統的な集いのかたちは、今まさに失われつつある文化のひとつです。
髙岡屋とその職人たちは、現代の住まいが求める変化を受け止めながらも、日本の家庭に息づいてきたこの象徴的な存在を、守り継いでいこうとしています。時代の変化に応えるべく、髙岡屋とPOJ Studioは、本来の伝統的な座具としてはもちろん、現代のどんな空間にもなじむ装飾クッションとしても使える、新しい京座布団をデザインしました。


